私が贔屓にしている和食のお店の話。シンプルだが一品一品の質が高くどれも美味しい。と、ここまでは普通の和食店。
この店が他と違うのは、どんな料理にも「ひと手間」かけられていることで、それこそが私が25年の長きにわたって通い続ける理由である。
「ひと手間」かけられているとはどういうことか。刺身の盛り合わせを例にとる。普通はその日に仕入れた活きの良いネタを切り分け美しく盛り付けて提供する。美味しそうに見えるように気を配り、新鮮に見せる盛り付けをする。しかしこのお店の場合、それに加えてあるネタは炙ってみたり、あるネタは海苔を巻きつけてみたり、そんな工夫が至る所に見受けられる。見方によっては新鮮さを見せることは、加工することで失わせてまでもひと手間にこだわる。そのひと手間で味は格段に変わる。新鮮なネタは何もせずにそのまま食べるのが一番という向きもある。しかし、期待していた味にひと手間のアレンジが加わり、それによる風合いの豊かさが口の中に広がった瞬間、その味は今までの期待を超越した驚きとなって満足感が心に伝わる。そんな料理がひと品だけでなくいくつもあるので、気が付けば私は25年もの間通い続けているのだ。
私たちの仕事は、どこの店舗に行ってもそのサービス内容はおおよそ変わらない。その変わらない中で差別化するところにお客様は店ごとの個性を見出し評価する。
例えばお見送り。もはや道路際までお客様を誘導するのは当たり前。これでは和食のお店で美しく盛り付けたに過ぎない。しかし通りの往来が行き過ぎるのを待つ間、「雨で路面が滑りやすいのでお気を付けください」などとお客様に笑顔で一声掛けることが料理人で言う「ひと手間」に当たる。最近では整備待ちや商談時の飲み物のサービスに、ちょっとしたお菓子をお付けする店舗が増えている。それを地元のお菓子屋さんの逸品にして、能書きを添えるだけでもお客様から「へぇー」という歓心のリアクションをいただくことが出来る。これらはどれもこれもちょっとしたことなのだが、そのちょっとしたことが3つ4つ続くと、お客様は地味ではあるが一つひとつの行動にひと手間かかっていることに気付き、引いてはお店の気配りが上質であることに気付く。あのお店、案外良いかも…と。私の持論に「仕事は面倒なことをきっちりすることで、後で必ず大きな成果をもたらしてくれる」というものがある。是非面倒と思うことでもひと手間を惜しまず、大きな成果をものにしていただきたい。