なぜ、酒屋の店主は自ら得意先を回ったのか

 1900年初頭。少々古い話で恐縮だが大阪のある開店間もない酒屋の、その店主の話。
 日露戦争が終わり、日本は戦争勝利に湧いていた(日露戦争は日本国内が戦場になっていない)。店主は、当時大阪では珍しい葡萄酒(ワイン)を扱い、西洋から輸入したワインを、日本人の口に合うように自社で醸造して販売を開始した。
 その開店間もない酒屋の店主は、商都大阪にあっても他の誰より働き者と評判で、地元での顧客を増やし、その評判は広がり着実に商圏を広げていった。
 そんな評判の店主は、店に来る顧客だけを相手にしていたわけではなかった。積極的に地方のお得意さんに挨拶回りに出かけ、多くの注文を取って帰っていたという。
 その際に、小売店でも問屋でもそこに戦争から負傷して戻った軍人がいれば必ずお見舞いを届け、戦争で犠牲になった人がいれば必ず仏壇に手を合わせたという。そんな一つひとつの気配りが顧客に気に入られ、値段を越え信頼を基にした顧客を増やした。
 顧客回りをする中で、顧客に必要なものや自分たちが顧客を助けられるものを考えて提案する姿勢は、今の私たちの仕事でも見習うべき点は多い。こうして店主は会社を大きくし、現在も脈々と続く企業の礎を作っていった。