なぜ、伝説のマーケターは不遇の時間も楽しんだのか

 キリンビールの伝説のマーケター、故・前田仁氏は功績の割に名前を知られていない。彼が作った商品は、左党でなくても誰もが一度は耳にしたことのある銘柄ばかりだ。
 そんな伝説のマーケターも入社当初は営業部に配属され、後にキリンビール直営ビアホールの店長という一風変わった職務を任される。だが彼は、本来のマーケティングの仕事からは縁遠いように思えるこの仕事で、お客さまの本音や生の声を吸い上げることを学ぶ。それがのちに発売されるその名も「ハートランド」というビールの成功につながる。さらに彼は、既存製品を打ち破る商品開発を命じられ、「一番搾り」を開発し、キリンの看板商品「ラガー」を越えるヒット作を生み出した。
 しかしその後、商品開発やマーケティングの仕事からは離れ、関連子会社に出向を命じられ雌伏の時を過ごすこととなる。だが彼は、出向先の会社でも仕事を思う存分行い、さまざまな商品開発を試みる。まさに仕事を楽しみ、来たるべき時に備えていたのだ。
 子会社から、キリンのマーケティング本部商品開発部に、本社最年少部長として呼び戻されると、「淡麗」「淡麗グリーンラベル」「のどごし」のヒットを連発させる。その後、子会社での経験と知恵を活かし「氷結」を誕生させる。
 当初より彼には他の開発社員と違うところがひとつあったという。